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2016.01.05 (Tue)

入院4日目

退院日です。
当初の予定通り、無事3泊4日での退院です。
バイタルチェックが終わり、先生が診察に来てくださり、やっぱりまだ喉が痛いのを申告しました。あと1日はまだ痛いと思うけど、2日後には痛くなくなってるから、と言われました。
2日後、見事にその通りでした。

また別の先生は、病棟の先生と看護師さん達からの、寄せ書きを持って来てくださいました。
院内コーディネーターさんが、患者さんの病院から連絡が入り、移植が無事に終了したと報告があった、と教えてくださいました。
身支度を整えると、バンクのコーディネーターさんが来てくださり、体調の聞き取りなどのアンケートの後、退院しました。

傷口のガーゼは、お風呂で濡れたら取れるので、それからは何もせず、そっとしておくよう言われていました。主人にお尻を突き出して、消毒してもらう必要はないようです。退院日から湯船につかっても大丈夫と言われていたので、早速つかって、ガーゼを自然に取りました。

退院後しばらくは、重い物を持ったり、激しい動きをしたりは控えるよう言われていましたが、帰宅して早速、重い息子を抱っこしたり、追いかけてダッシュしたり、してしまいました。

私は無事に終わりましたが、患者さんはここからがまた大変らしいので、ぜひがんばってもらいたい、そんな思いで過ごした久しぶりのわが家でした。
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2016.01.05 (Tue)

入院3日目

予定は採血と診察です、と前夜に聞いていましたが、早朝5時過ぎに採血があり、一つ目の予定は起床時間までに終わりました。あとは傷口の診察と、3食とシャワーだけです。
本を読んで、編み物して、ものすごくのんびり過ごしました。前日から腕を動かし過ぎたため、点滴があまり進まず、なかなか終わりませんでした。そのせいか、点滴の穿刺部分がかさぶたになり、なかなか治りませんでした。自業自得ですが。
診察では採取した傷口、左右の腰の2箇所を診てもらい、腰もあまり痛くなくて、ちょっとした軽い筋肉痛みたいな感じがあるだけ、貧血も特に酷くないようで、翌日の退院が決まりました。喉が痛いのは変わらずですが。

午後、暇を持て余していた頃、義両親がお見舞いに来てくれました。個室にはイスがひとつしかないので、階下のカフェにでも、とナースステーションに病棟の外に出たいと申告に行きました。一応、病棟内安静と指示されていましたが、元気そうだし大丈夫!とお許しをいただきました。入院患者用の病衣をレンタルして着ていたため、恥ずかしいので、せめてストールを羽織って行きました。

この日はこんな感じでのんきな1日でした。
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2016.01.05 (Tue)

入院2日目

いよいよ骨髄大量採取の日。
午前8時半に手術室に入り、終了予定は11時頃とのこと。ストレッチャーで帰室のようです。
0時から絶食、6時から絶飲のため、5時半にアラームで起きて、便を出すために、水を飲んでおきました。やっぱり眠剤は不要で、よく眠れました。
昨夜は泣いて困らせてくれた息子も、結局よく眠れたみたいです。幼稚園はお休みして、手術が終わる頃、会いに来てくれます。

朝から採血をして、点滴をして、着々と準備は進みます。
困ったのは、昨夜飲んだ、1錠で強力なハズの下剤2錠が効いてこない!早起きして水も飲んだのに!手術までに出さないとダメなのに!便が出ない焦り。お腹マッサージをしたり、ストレッチをしたり、便意もないまま便座に座ってみたり。手術中に漏らさないように、浣腸か!?と慌てましたが、無事・・・。

便に振り回されている間に8時過ぎてしまい、術衣に着替えなくては、という時間。
着替えをお手伝いします、と看護師さんに言われていましたが、朝は何かと忙しい看護師さん、しかもナースコールが鳴りっぱなしなのが聞こえてくるので、元気な人間は自分のことは自分でやります。点滴ごと腕を袖に通したりは、妊娠中に切迫早産で長く入院していたので、全く問題なくこなせます。T字帯の付け方も前日に聞いていたのでバッチリ。巡業のお相撲さんみたいな感じに巻ければ正解です、とのこと。

いよいよ出発の8時20分、看護師さんが、便は出ましたか?着替えできましたか?と慌てて来てくださいました。車椅子で手術室へ向かいます。歩けますけど。

初めて入る手術室、ドラマのような『手術中』とパッと電気がつくような派手なドアではなく、手術患者用入口と書かれた、地味なドアでした。中に入ると、ますます地味。
看護師さんにかぶせてもらった帽子が、ウッカリ子ども用でした。緊張感の無いことこの上ない(笑)

手術室は、入って行った通路の両側にたくさんあり、たぶん10数室あるようで、手術室ホールといった感じでした。朝9時からスタートの手術がたくさんあるらしく、手術室前で出迎える看護師さんや先生が各ドアに。先生を手術室に誘導するアナウンスもガンガン流され、大忙しな感じでした。

私の手術室に入ると、麻酔がかかるまで仰向けで寝るベッドと、うつ伏せで採取する用のベッドが並んでいました。
名前、手術内容、注意事項(私はアルコール消毒禁止とされていました)等色々確認され、ベッドに寝かされました。横になるとすぐに、酸素マスクがつけられます。身体中酸素でいっぱいにしてから麻酔をかける、と前日に説明を受けていました。
では、だんだん眠くなりますよ、と言われましたが、しばらくすると一瞬にして、くわんっと酔ったような感覚が来て、次の瞬間には「今からお部屋に帰りますよ〜」という看護師さんの声。
聞いていた通り、ストレッチャーで帰ってきたようですが、どうやってベッドに移ったのかすらわかりません。
とにかく眠い!

眠っていると、廊下から息子のかなりにぎやかな声が近付いてきます。無事に終わったかを見に来た主人と息子と両親、でも眠くてしっかり話せません。がんばって座ってみても、眠くて座っていられない。朦朧として、酸素マスクを上下逆さまにつけてしまう始末。

院内コーディネーターさんが、患者さんの入院先の病棟の方からのお手紙を、部屋に届けて下さいました。家族はすぐに読んでいましたが、私は読む気力もなく眠り込んでしまいました。

骨髄バンクのコーディネーターさんも来てくださいましたが、何を話したかうろ覚えで、お漬物とわらび餅と息子用にチョコレート菓子を差し入れてくださったことだけは、枕元に置いてあった現物を見て、思い出しました。

部屋に戻ってから、1時間後水を飲む、2時間後トイレに行くだったか、そんなスケジュールでした。水はあっさり飲めましたが、トイレに立つと酷い吐き気が。少し寝ては、起き上がってみて吐き気、夜まで繰り返しました。事前に聞いていた通り、全身麻酔中に呼吸の管を入れていたものが擦れて、喉が痛くなっていました。

薄暗くなった頃、枕元の電気が点けられ、教授の回診がありました。ドラマのように、10人位?の先生達を引き連れて来られていて、ベッドが囲まれていました。傷口や腰痛みの心配をして下さる教授に、吐き気と喉の痛みだけうったえました。よくがんばりましたね、みたいに、労ってくださったような気がしますが、眠気のためにうろ覚え。ただ、一緒に来てくださっていた主治医の先生達の笑顔が印象的でした。

その後も寝たり覚めたり、吐き気がしたり。この吐き気は、麻酔の影響だったそうです。
24時間水だけで、空腹状態ですが、夕食が運ばれてきても、起き上がると吐き気がするため、ほとんど食べられませんでした。あまりの吐き気に、看護師さんにうったえたところ、あっさり吐き気止めの薬を下さり、飲んでしばらくするとすっかり治まりました。夕食の下膳までに具合がよくなれば良かったなぁと空腹の腹をさすり、差し入れにいただいたわらび餅を食べて、この日は早々に寝ました。
息子は泣かずに眠れたようで、私もぐっすりでした。
21:24  |  骨髄バンク  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.01.05 (Tue)

入院1日目

入院の前夜、朝早く起きて、あれしなきゃ、これしなきゃ、と焦っていたからか、早朝3時半に目が覚めてしまいました。
主婦は自分の準備もですが、留守宅の準備や幼稚園の準備もあるので大変です。

幼稚園に息子を送って行ってから病院に向かいたい、というワガママを聞いていただき、入院時間は11時。荷物は3泊4日アジア旅行サイズのスーツケースと、貴重品用に小さなバッグ。道中立ち寄ったパン屋さんで、「ご旅行ですか?」と間違えられました。
病院に着くと、正面玄関でコーディネーターさんが待っていてくださり、入院手続きを全部してくださいました。
病棟へ行き、案内されたお部屋は、洗面台とトイレの付いた個室。荷物が少ないので、部屋が広く感じます。見晴らしもよくて、快適に過ごせそうです。

コーディネーターさんからここで初めて、私が提供する患者さんが、中部地方の50代の女性と聞かされました。術前健診の時に、患者さんの身長と体重は、採取量計算のために聞いていたので、小中学生じゃない限りは女性かな?と想像はついていました。私の母も50代、同僚にも50代女性がいて、そういった面々が浮かんできました。

コーディネーターさんが帰られると、すぐに昼食が運ばれてきました。病棟の説明をまだ聞いていないので、お茶をもらう方法や場所がわからない。食事は予想通り、まぁ病院のご飯って感じで、苦手なものは残して、持参したパンを食べます。病人じゃないから大丈夫でしょう。昼食後の食器類をどうしたらいいかわからず、結局回収の方が来てくださって、その時に教えていただきました。

血液内科の先生方
担当看護師さん方
看護師長さん
事務の方
院内コーディネーターさん
手術室の看護師さん 等
午後は色々な方が、色々な説明やお話しに来てくださいましたが、その間はかなり自由な時間なので、持って行った仕事をしたり、本を読んだり、編み物をしたり、階下にあるカフェに行ったり、のんびり過ごしました。コーディネーターさんによると、病院という状況では持って来ても仕事が手につかなかった、という方も多いようですが、私は静かで一人きりという絶好の状況で、とても仕事がはかどりました。

夕食は苦手なものばかりで、かなり残してしまいました。翌日の夕食まで、何も食べられないのに、夕食の1時間後にはお腹が空いてしまったので、またパンを食べました。
術後は湯船につかれないため、この日は湯船ありのお風呂を予約して、のんびり入ってきました。

手術前夜は、緊張したりナーバスになったりして、眠れなくなるドナーの方も多いようで、先生から、眠剤を用意しましょうか?と聞かれましたが、夕食後からすでに眠かったので、必要ないだろうと断りました。

術前に便を出しておく必要があるため、処方された下剤を飲んで、おやすみなさい。

(( _ _ ))..zzzZZ

・・・のはずが、消灯時間を過ぎた頃、3歳の息子から電話。
ママなんで帰って来ないの?一緒に寝たい、一緒じゃないと寝られない。
そんな感じで泣きじゃくります。

アンパンマンが、お腹がすいた人や元気のない人に顔を分けてあげるように、ママは病気で元気のない人に血を分けてあげるからね、と話したら、理解してくれていたはずなのに。
しばらく話して、また同じ説明をしたら納得してくれたようで、落ち着いてパパと寝てくれました。気軽に来られてしまう距離の病院じゃなくて良かった。
21:22  |  骨髄バンク  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2015.10.29 (Thu)

⑨血液再検査とその後の話

⑨再検査とそれから

鉄のサプリを飲み、いつもよりおかずをたくさん食べ、ヘモグロビン値を上げるべく過ごした2週間。無事に貧血値は回復し、移植に向けて動き出しました。

移植日がすぐそこまで迫っているので、2日後に麻酔科受診と自己血採血に行きました。

麻酔科医、お会いしたこともない職種の人物、医龍の阿部サダヲのイメージしかありません。
初めまして、の麻酔科医の先生は、すごく温厚そうで真面目そうで紳士的な、阿部サダヲイメージと真逆の先生でした。丁寧な説明の後、あなたのように、バンクに登録して提供してくれる人がいるから、たくさんの患者さんの病気が良くなるんですよ、ありがとう、とすごくストレートにお話しくださいました。患者さんの気持ちになれる良い人だなぁと感動しました。

移植用の骨髄は800ml弱抜く予定なので、抜いた後に貧血にならないよう、自分の血液を保存しておいて、それを輸血してもらうということです。献血1回分なら貧血にはならないし、ということなんでしょう。
大きな病院には、自己血用採血室なんて場所もあり、呑気にテレビを見ながら採血です。17Gの太い針でガンガン抜かれていきますが、血圧も変わることなく順調でした。
抜いた400ml分体重が軽くなったなぁ、病院の食堂が評判がいいみたいやし、ランチでも〜なんて思っていたら、ソルラクト輸液というものを、同量点滴されました。プラマイゼロ。

終了後は、血液内科の看護師さんが車椅子で迎えに来てくれて、元気なのに車椅子で運ばれ、外来の処置室のベッドで休憩してから帰ってきました。

入院まで2週間弱、薬もサプリも禁止、健康で過ごしたいです。
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